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 近江八景
粟津の晴嵐 堅田の落雁 三井の晩鐘 瀬田の夕照
石山の秋月 唐崎の夜雨 比良の暮雪 矢橋の帰帆
古来から歴史、流通の舞台となった近江の国。「鉄道唱歌」や「尋常小学唱歌 第四学年用(大正元年)」などでも歌われ、上方落語にもこの八景を読み込んだものがあります。

 「八景」とはその名の通り八つの景勝地のことで、水と季節に因んだ景色を一つの地方から選んだものです。
近江八景は、室町時代に関白近衛政家が琵琶湖に遊んだ際、中国最大の湖、洞庭湖の「瀟湘八景」にならって、琵琶湖の南・西岸から選んだといわれています。
歌川(安藤)広重はこの美しい風景を晩年に至るまで描き続けました。
三井の晩鐘
昔、自分の目を子どもに与えて去った蛇の化身の女。それを取りあげられて泣き止まない子に、再び現れもう片方の目を与えます。何も見えなくても、夕暮れにつく三井寺の鐘の音で子どもを思いたいと女は願います。平成8年に「日本の音風景百選」に選ばれました。

唐崎の夜雨
唐崎の松は扇の要にて
 漕ぎゆく舟は墨絵なりけり  紀貫之
さざ波の志賀の唐崎さきくあれど
 大宮人の船まちかねつ 柿本人麻呂

瀬田の夕照
瀬田橋は壬申の乱の際、大海人皇子軍と大友皇子軍との最後の決戦場となりました。

石山の秋月
紫式部が石山寺に一週間参籠し、源氏物語のうち「須磨」「明石」の二帖を書いたといわれています。

堅田の落雁
干菓子の落雁は唐菓子の軟落甘(なんらくかん)がなまったと言われていますが、「堅田の落雁」と中国「平砂の落雁」の景色が似ていることから「落雁」の字を用いたという説があります。

矢橋の帰帆
広重が描いた28種に及ぶ近江八景の図にはほとんど人物が描かれていないのが特徴ですが、この絵には漁を終えて港で帆を下ろした船の上には、豆粒ほどの人物が点景として描かれています。
漢字館Vol.20掲載